人生疲れた10 代!父親の干渉や理不尽な支配に疲弊した体験談!

雑記

父親は、我がままで短気で自分勝手で押し付けがましい。

子供自身で描いた、未来への希望や目標にまで干渉し、

前以て手筈まで整えた。

 

それでいて見栄っ張りで、世間では出来た父親を装っている。

 

出会った人には挨拶をと、ただ闇雲に挨拶を強要したが、

当の本人は お山の大将で、近所との関わりを持てない、

肝の小さい人間だ。

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父親による、理不尽な支配

父親は、スポーツバカだった。

小学校低学年から、毎日数キロ走らされた。

 

日常に何ら差し支え無い程度ではあったが、

私には、身体的な障害があったことを知らされていなかった。

 

低学年の間の内に、後にその身体的な違和感を母に話したら、

生まれた時からだったことを告げられ、父親はそれを知ってか否か、

走らされてきたことを振り返って、ゾッとした。

 

走ることはその後、社会人になった頃まで続いた。

父親に意見することは許されなかった。
何故なら、罵声や手を挙げられるからだ。

 

父親は、私以外の兄弟にも、ロボット教育を強いた。

兄弟の個性によっては、暴力のやり方も違った。

 

子供が自分の思う進路でない方向を、選択していると知れば、

その可能性ある行く末までも、全力で制止した。

自宅で一人、寂しい中学時代

中学に入ると、兄弟に小学生もいなくなり、

両親としては、育児が一段落ついたかのように、干渉の目が緩んだ。

 

代わりに両親には、常に離婚話が付いて回り、

夜間、両親それぞれが、外出や外泊が当たり前になった。

 

同時に兄弟それぞれが、安らぎの場を失い、

外泊や家に寄り付かなくなった。

兄弟がバラバラに、夢みた進路も めちゃくちゃ に なった。

 

退学する兄弟を賛成すらしたのは父親だ。

私は暴力が怖くて、高校も、父親の言いなりに、

敷かれたレールだけを強制させられた。

 

私の中学時代時代をイメージする色は、黒だ。
意思・志し・希望は、存在しない。

 

中学時代のある日の夜、兄弟も両親も居ない空っぽの自宅を、

一人で出て、知らない おじさん に捕まったが、すぐ逃げることに成功した。

 

ある日の夜は、拉致され、これも隙をみて逃げることが出来た。

一人ぼっちの中学時代、怖い思いを したことを、

聞かせる身近な人は居なかった。

自立計画を練った高校時代

敷かれたレールをひた走らされ ながら、無事、高校生になった。

相変わらず自宅で家族が揃うことは無かった。

 

中退だけは避ける努力をし、テスト期間中はがむしゃら に学習に励んだ。

反面、行動を制御する監視の目が無くなっていた為、

テスト期間が終われば、年上の恋人の自宅に入り浸った。

 

安住の場を見つけたと思えて幸せだった。

ある日、たまに自宅にずっと居ることがあった父親に、

恋人との生活がバレ、否応無しに引き裂かれた。

 

高校1年の時点で、この先2年も父親の支配下なのかを考えたら、

家を出たいことで いっぱい に なり、密かにバイトをして小遣い稼ぎをし、

週末は飛行機で都会に遊びに出た。幼い風貌で、不動産を回っていた。

疲弊した10代だったな・・

高校時代は、学校6割・自立計画4割と、多忙だった。

 

経済的には余裕のある家庭でありながら、

父親による支配は極端で、私も兄弟も、進路に希望を持つ事を許されず、

それぞれ高校を卒業後、自宅から近い範囲で就職した。

 

私は はやばや計画を立ててきた甲斐もあって、

始めの就職で資金を貯め、早々に遠くへ出た。

 

しかしながら、父親から強いられたロボット教育が邪魔をし、

職場ではYESマン で、意見をしたりNO の言葉が出なかった。

何年も苦労をした。

 

10代にせよ、考えを持っていたからこそ、時期を狙って実行に移せた。

疲弊した10代だったと振り返る。

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